「人工生命(Artificial Life)」という研究分野をご存じでしょうか。ALやALifeとも呼ばれるこの分野では、生物学的な生命現象を人工的に模倣・再現することで、生命活動や進化の本質を理解しようとしています。
しかし、従来の研究アプローチでは、シミュレーションのルール設定やパラメータの探索を研究者が手動で行うことが多く、研究者の直感や試行錯誤に大きく依存していました。そのため、想定外の複雑なパターンや、まったく新しい「生命」が誕生するようなルールを見つけるのは非常に難しく、探索効率が課題となっていました。
こうした背景の下、米MITやSakana AI、OpenAIなどに所属する研究者らが発表したのが「Automating the Search for Artificial Life with Foundation Models」という論文です。この研究では、人工生命のシミュレーションを自動的に探索・発見するシステム「ASAL」を提案しており、従来の問題を解決できると期待されています。
本記事では、今回発表されたASALについて、その特徴や意義について解説します。
「ASAL」とは:人工生命の探索を自動化する新たな手法
今回発表された「ASAL」とは、人工生命シミュレーションの探索を自動化する手法です。視覚と言語が統合された基盤モデル(CLIPやDINOv2など)を活用し、シミュレーションが生成した動画を解析して興味深い挙動を探索します。具体的には、大きく3つの方法が用いられています。
<ASALの具体的な仕組み>
- Supervised Target Search:特定の現象を示すシミュレーションを見つけ出す手法
- Open-Endedness Search:時間の経過とともに“新しい振る舞い”を生み出し続けるシミュレーションを探し出す手法
- Illumination:互いに異なる特徴を持つシミュレーションを幅広く探索する手法
ASALの手法①:Supervised Target Search
ASALの手法の1つが、Supervised Target Searchです。この手法では、理想とするシミュレーションのイメージをテキストプロンプトで指定すると、その条件を満たすシミュレーションを自動的に探し出してくれます。
たとえば「最終的に“魚の群れ”のようなパターンが生まれるシミュレーションを見つけたい」とテキストで指定すると、基盤モデルがシミュレーションの出力画像を解析し、その画像が「どの程度魚の群れっぽいか」を数値化。次に、そのスコアを高めるようパラメータ(またはルール)を最適化することで、指定したイメージに近いシミュレーションを導き出します。
実際に、「最終的に“セルが2つに分裂する”様子が見たい」といった一連の進化過程をテキストで指定すると、それを満たすシミュレーション(ルール)が発見されました。
ASALの手法②:Open-Endedness Search
ASALの手法の2つ目は、Open-Endedness Searchです。これは、時間の経過とともに「常に新しいパターンを生み出し続ける」シミュレーションを発見するための方法といえます。
具体的には、各時点で得られるシミュレーション画像が、過去の状態と比べて「どの程度新しい(=ヒトが見て新鮮だと感じる)か」を指標とし、その“新しさ”が途切れることなく続くようなパラメータを探索する仕組みです。
人工生命の分野では、自然界のような多様性を生むためには「オープンエンド(終わりのない)な進化」が不可欠だと考えられていますが、それを実現するのは非常に難しいとされてきました。しかし、この手法であれば「どのルールがオープンエンドに近いか」を定量的に判定できるかもしれないと期待されています。
ASALの手法③:Illumination
ASALの3番目の手法であるIlluminationは、シミュレーションを1つだけ見つけるのではなく、「できるだけ多様なパターンを網羅的に集める」ことを目的としています。具体的には、基盤モデルが算出するベクトル空間を活用し、互いに似ていないパターンを最大限残すようにアルゴリズムを走らせる仕組みです。
この手法により、Lenia(連続的セル・オートマトン)ではこれまで発見されていなかった新たな“細胞のような”パターンが見つかり、Boids(鳥の群れシミュレーション)では輪を描く動きなど、多彩な“生命的”挙動が一挙に可視化されました。そして、それらの多様なシミュレーションを集約した「シミュレーション・アトラス」の作成にも成功しています。
ASALの有効性:多くの人工生命基盤で実証
ASALの有効性は、Boids(鳥の群れ行動シミュレーション)、Particle Life(粒子間相互作用による生命的現象)、Game of Life(セル・オートマトン)、Lenia(連続的セル・オートマトン)、Neural Cellular Automata(ニューラルネットベースのセル・オートマトン)など、複数の人工生命基盤で確かめられました。
実際に、各基盤でパラメータや初期条件を大きく変えると、多様な生命的現象が出現。この結果から、基盤モデルを用いた探索手法によって、生命の“膨大な可能性”を効率よく開拓できたといえるでしょう。
ASALの革新性と将来展望
ASALの最大の特徴は、基盤モデルを活用することで、これまでは定性的にしか評価できなかった現象を定量的に分析できるようになった点にあります。
具体的には、画像を「面白い」「複雑」「どれだけ似ているか」など、人間が感じる感覚に近いかたちで評価できる基盤モデルを用いることで、単なるピクセル値の差分では捉えにくい“人が見たときの多様性”を数値化できます。
たとえば、あるシステムの「生命らしさ」を数値で示したり、パラメータの変更が振る舞いにどれほど影響を与えるかを定量的に測ったりすることが可能になるのです。
将来的には、動画や3D対応の基盤モデル、あるいは生成AIとの組み合わせによって、初期の単細胞生物から複雑な生態系に至るまでを再現するようなシミュレーションを、自動的に構築できるようになるかもしれません。
まとめ
本論文では、FM(Foundation Model)を用いた大規模な自動探索によって、従来のように人間の直観や事前の目的設定に依存することなく、新たな“人工生命”の可能性を広げるフレームワーク(ASAL)が提案されています。実際に、BoidsやLeniaなどの代表的なALifeシミュレーションを対象に、多様で“生命らしい”振る舞いが次々に発見されている点は大きな成果といえるでしょう。
また、これまで「ルール設計は人間のひらめき頼み」という状況が続いていたところを打破し、「生命とは何か」「生命的な振る舞いはどのように生じるのか」という根本的な疑問に対して、大規模AIモデルと自動探索を組み合わせるという新たな研究の方向性を切り開いた点も注目に値します。