最近、175億円の資金調達に成功した日本発のスタートアップ「五常・アンド・カンパニー株式会社」(以下、五常・アンド・カンパニー)をご存じでしょうか。
五常・アンド・カンパニーは、アジアとアフリカの12カ国に展開するグループ企業を通じて、発展途上国でのマイクロファイナンス事業を行うホールディングカンパニーです。同社のミッションは「金融包摂*を世界中に届けること」であり、この目標を掲げて2014年7月に設立されました。2024年3月末時点では、グループ全体で1万人以上の従業員を抱え、顧客数は240万人を超えています。また、グループの連結営業貸付金の総額は1200億円に達しています。
国内でも有数のマイクロファイナンス事業者である「五条・アンド・カンパニー」について、その事業内容や資金調達の動向を紹介します。
金融包摂*:「Financial Inclusion」の略。貧困や差別などによって金融サービスから取り残され、経済的に不安定な状況にある人々が基本的な金融サービスへアクセスできるよう支援する取り組み。 |
事業内容:途上国向けに低価格で良質な金融サービスを展開
五条・アンド・カンパニーは、カンボジアやスリランカ、ミャンマーを中心とした途上国で、数万円から数十万円規模の小口融資を行う「マイクロファイナンス」を提供しています。
たとえば、同社の主要なサービス「マイクロクレジット」は、「口座がつくれない」「銀行からの融資を受けられない」「安全な貯蓄手段をもっていない」など、金融インフラが不十分な途上国に住む人や中小零細企業を対象とした小口融資です。金融インフラが整っていない途上国の人々に、小額の融資を提供することで生活の向上を支援します。
サービスの利用開始時には、顧客が連帯保証の役割を持つ5人組を結成し、互いに信用を担保することで、迅速な小額融資を受けられる仕組みになっています。信用履歴が積み上がると、連帯保証が不要になり、個人の信用で融資を受けることが可能です。これにより、中古ミシンや乳牛などを購入して事業を開始することで、所得を増やしていくサイクルを作り出します。
さらに、五条・アンド・カンパニーは国によって、マイクロセービング(預金)やマイクロインシュランス(保険)、マイクロレミッタンス(送金)を提供しています。たとえば、顧客向けのアプリがスリランカ・タジキスタンで提供しており、タジキスタンでは最大シェアを有しているそうです。
同社の強みは、途上国としては低い金利での融資を実現している点です。融資時に発生する審査手続きや人的コストを、最新のテクノロジーと効率的なオペレーションで抑えることで、この低金利を実現しています。
こうしたサービスの裏側には、「途上国の低所得層や中小零細企業向けに低価格で良質な金融サービスを展開することで、顧客の生活改善、ひいては地元の産業構築の土台づくりをしたい」という、創業者である愼 泰俊氏の強い思いがあります。
起業の経緯:「機会の平等」を世界中の人々に届けたい
愼 泰俊氏が「民間セクターの世界銀行をつくる」という大きな目標を掲げ、金融包摂をすべての人々に届ける事業を始めた背景には、自身の特異な出自があります。
愼氏は日本国籍を持たず、北朝鮮や韓国の国籍でもない「朝鮮籍」という無国籍に近い立場にあります。そのため、「パスポートが取得できない」などの不条理を経験してきました。また、彼の家庭は裕福ではなく、両親が親戚に支援を仰ぐことで、なんとか大学進学が叶ったそうです。
こうした境遇から、「どこに生まれても、誰もが同じように夢を見て、生きたいように生きられる『機会の平等』を実現したい」と強く感じるようになります。
学生時代には人権弁護士を目指し、人権活動に積極的に取り組んでいました。しかし、世界が資本主義のルールで動いていることを実感し、そのルールを深く理解するために投資銀行に就職。ここで金融システムに関する知識を深め、2007年にマイクロファイナンスや社会的養護、難民支援などを行うNPO法人「Living in Peace」を設立しました。
さらに、2012年に世界経済フォーラムの「サマーダボス会議」に参加したことをきっかけに、「民間セクターの世界銀行をつくる」という構想を本格的に目指すようになります。いくつかの事業アイデアの中から、彼の得意分野であり、社会的な意義も大きく、かつ未開拓の分野であった「マイクロファイナンス」に着目しました。
その後、Living in Peaceの活動を通じて出会った仲間たちと共に、五常・アンド・カンパニーを設立し、この理念を具現化するための一歩を踏み出しました。
資金調達:2024年10月にシリーズFで総額175億円を調達
五常・アンド・カンパニーは2024年10月24日、合計175億円のシリーズFラウンド資金調達を完了し、創業以来の累計調達額が465億円に達したと発表しました。この資金には、特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)を活用し、野村證券を通じて、本年3月に国内の個人投資家を中心に調達した約50億円も含まれています。
シリーズFラウンドで調達した資金は、インドやタジキスタンを中心とした既存グループ企業の成長を支える財務基盤の強化、デジタル化の推進、およびアジア・アフリカ地域で金融包摂に取り組む事業者への出資に充てられる予定です。この一環として、先日、アフリカ最大級のマイクロファイナンスグループであるBaobab Groupへの出資を通じて、アフリカに進出したことを公表しています。
シリーズFラウンドと並行して約159億円の借入も実施
五常・アンド・カンパニーは、エクイティ調達に加え、デット調達手段の多様化と調達コストの削減にも注力しています。これにより、シリーズFラウンドと並行して、三井住友銀行やみずほ銀行など国内の金融機関6社から、グループ企業向けに合計約159億円のデット調達を達成しました。
同社は今後も、資金調達手段の多様化や調達コストの最適化を通じて、持続的な成長と金融包摂の拡大に取り組む方針です。
市場規模:マイクロファイナンス市場は2037年に7103億ドルまで成長
SDKI Analyticsのレポートによると、マイクロファイナンス市場は2024年に約2157億ドルとされ、2037年までに約7103億ドルにまで拡大する見通しです。また、市場は予測期間中に年間平均成長率(CAGR)約9.6%で成長すると予測されています。
このレポートでは、「世界中の約14億人以上の成人が正規の金融サービスにアクセスできていないこと」が指摘されています。特に女性や低所得者層、教育を十分に受けていない人々など、特定の層にとっては金融サービスの利用が困難です。
こうした層には身分証明書や携帯電話がない人も多く、さらに金融機関から遠く離れた地域に住んでいるケースもあり、金融機関にアクセスし、口座を開設・活用するためには支援が必要な場合が少なくありません。
ただし、こうした課題はあるものの、途上国では金融包摂の男女間格差が確実に縮小しており、2021年時点では9ポイントから6ポイントまで改善されており、これは大きな進展といえます。
今後、マイクロファイナンス市場はさらに拡大し、男女の口座所有率の差が縮小することは、金融包摂が強化されている証拠と考えているそうです。特に金融サービスが不足しているコミュニティにおいて、マイクロファイナンスは金融アクセスや平等の促進、経済的な発展をもたらす大きな可能性を持っています。
また、技術の革新とデジタル化の進展がマイクロファイナンス市場に与える影響も期待されており、中南米や東南アジア、中東といった新興市場での金融包摂が加速することが見込まれています。
企業概要
- 企業名:五常・アンド・カンパニー株式会社
- 代表者:代表執行役 愼 泰俊
- 設立:2014年
- 所在地: 〒151-0051 東京都渋谷区千駄ケ谷3丁目14−5
- 公式HP:https://gojo.co/landing-page-jp
まとめ
本記事では、カンボジアやスリランカ、ミャンマーを中心とした途上国で、数万円から数十万円規模の小口融資を行う五常・アンド・カンパニー株式会社について紹介しました。
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