
日本発のアニメーションは世界的に高い人気を誇りますが、その制作現場では人手不足や長時間労働、膨大な手作業工程など多くの課題を抱えています。背景美術など高度なスキルを要する分野では特に人材難が深刻で、制作スケジュールの慢性的なひっ迫につながっています。一方、近年は画像生成をはじめとする生成AI技術の飛躍的な進歩により、創作プロセスを効率化する新たな可能性が生まれています。
こうした状況の中、クリエイターの創造性をAIがアシストする独自の手法でアニメ制作の変革に挑んでいるのが、2024年創業のスタートアップ株式会社Creator’s X(以下、Creator’s X)です。
同社は先ごろ1.1億円の資金調達を実施し、実績あるアニメ制作会社をグループに迎えて本格的に事業を始動しました。本記事では、Creator’s Xの「AIアニメ制作」事業について、その内容や社会的インパクトを詳しく紹介します。
事業内容:AI活用によるアニメ制作

Creator’s Xは、AI活用によるアニメ制作を行っている企業です。クリエイターの発想や作風をAI技術で支援し、高品質なアニメ作品を効率的に生み出すことを目指しています。従来、アニメ制作では原画や動画、仕上げ、背景美術など多岐にわたる工程を人力でこなす必要があり、クリエイターには膨大な負担がかかっていました。しかし同社では業務負担の大きい工程に補助的にAIを活用し、クリエイターが本来の創作作業(描き込みや表現の追求)に集中できる環境を整えています。
AI活用の特徴

(引用:ケップル)
Creator’s XのAI活用における最大の特徴は、アニメ制作部門とAI開発部門を社内に併設し、各クリエイターの作風を学習した本人専用AIツールを提供している点です。これにより、過去作品から学習したAIがクリエイターの「手の内」を再現可能な範囲まで自動化し、クリエイターが主役のままAIが専属アシスタントのように働く新しい制作スタイルを実現します。結果としてアニメ制作の短納期化とクオリティ維持を両立し、ひいてはクリエイターの待遇改善にもつなげることを目指しています。
AI開発チームと専用AIツールの導入

(引用:ケップル)
また、同社にはアニメ制作に特化した画像系AIエンジニアチームが在籍しており、現場のクリエイターと共同でAIツールの開発・運用することが可能です。単に汎用的なAIソフトを提供するのではなく、クリエイターごとに過去作品データから個人専用のAIモデルを構築するといった特徴もあります。これらのAIはクリエイターの描線や色彩感覚など作風を学習しており、プロンプト(テキスト指示)不要の直感的なUIで必要な絵柄を自動生成・補完できるため、手直しの手間を最小限に抑えることが可能です。
例えば現在、背景美術に特化したAIツール「HAIKEI X」の開発に注力しており、そのβ版を2024年12月にリリースしました。このツールを用いることで、熟練の背景絵師でなくとも短期間で美しい背景を描き起こすことが可能となります。
同社は今後、アニメ制作工程ごと(キャラクターデザイン、動画、仕上げ等)に順次AI開発を進め、完成したAIはグループ内の制作スタジオで活用するだけでなく将来的に社外の制作会社へ提供することも視野に入れています。まずは自社プロジェクトでAI活用の有効性を証明し、その手法を業界全体に横展開することでアニメ制作の民主化にも貢献したいという考えです。
背景美術スタジオ「スタジオSAIGA」でのAI活用

Creator’s Xが最初のターゲット領域に選んだ背景美術の分野は、アニメの世界観を支える要となる一方で専門人材の不足が深刻な領域です。背景美術は遠近法や質感表現など高度なスキルが要求され、美大出身者など限られた人材に依存してきました。
同社はこの課題に挑むため、実績豊富な美術監督である大石樹氏を迎え入れ、社内に背景美術専門の制作スタジオ「スタジオSAIGA」を新設しました。大石氏は『ガールズ&パンツァー 劇場版』など数々の作品で背景を手掛けてきたベテランで、「伝統的な背景美術の魅力を守りつつ新技術を融合させ、新しい価値を創造したい」と意欲を語っています。スタジオSAIGAでは生成AIを背景美術制作に積極活用しており、短期間で高品質な背景画像を生み出せる体制を整えています。実際に、AIを補助に用いて制作した背景アートは従来の手描きと遜色ない仕上がりであり、クリエイターの発想次第で多彩な美術背景を迅速に描画することが可能です。
スタジオSAIGAは、自社作品向けの背景制作のみならず他のアニメ制作会社からの背景美術受注にも対応する計画です。自前で背景美術部門を持たない制作会社は多く、同スタジオがAI活用で効率良く高品質な背景を提供することで、業界全体の制作ボトルネック解消に貢献しようとしています。
差別化ポイント:制作会社との融合と現場起点のAI活用
Creator’s Xとほかの企業における最大の差別化ポイントは、自社でAIツールを開発するだけでなく、制作会社として実制作の現場オペレーションまで構築している点です。2024年には老舗スタジオK&Kデザインを子会社化し、現場ノウハウと人材を補完。開発と制作のリソースを社内に併せ持ち、現場で使えるAIを迅速に開発・実装・検証するサイクルを確立しています。この“自社でつくり、自社で使う”体制により、他社にはない現実的ノウハウを蓄積し、将来的には業界標準モデルの構築も視野に入れています。
クリエイターへの恩恵と社会的インパクト
Creator’s Xは、AIが反復作業を補助することでクリエイターが表現に集中できる環境を実現しているため、制作現場の負担軽減と品質向上の両立が可能です。AIはあくまで補助と位置づけ、「主役はクリエイター」という方針を徹底しており、業界全体の持続可能性と創造性の向上に寄与しています。また、地方や個人の制作者にも高度な制作機会を提供できる仕組みは、アニメ制作の民主化につながる取り組みとして注目されています。
資金調達:シードラウンドで総額1億1,000万円の資金調達を実施

2024年12月19日、Creator’s Xはシードラウンドで総額1億1,000万円の資金調達を実施しました。リード投資家はXTech Venturesで、同社から1億円、加えて戦略的パートナーである寺田倉庫から1,000万円の出資を受けています。調達資金は主に前述のM&A(K&Kデザイン買収)費用やAI開発資金、人材採用に充てられました。
この資金調達と同時にK&Kデザインのグループ化とスタジオSAIGA設立が発表されており、資本政策と事業戦略が連動した動きを見せています。共同代表の藤原俊輔氏(写真左)・湯浅義朗氏(写真右)は、ともにU-NEXTグループの新規事業創出部門でロボティクス・AI領域を手掛けた経歴を持ち、2024年2月にCreator’s Xを共同創業しました。創業から一年足らずでのシード資金調達となりますが、「日本のアニメ産業をさらに発展させたい」という両氏の熱意に賛同する投資家が集まり、事業の将来性が評価された形です。
今後は調達した資金を背景に優秀なAIエンジニアやクリエイターのリクルートを進めるとともに、追加の資金需要に応じてシリーズA以降の資金調達も検討していく見込みです。さらに寺田倉庫のスタートアップ支援拠点を活用したパートナー企業との協業や、大手コンテンツ企業との提携によって事業拡大を図る可能性もあるでしょう。
市場規模:世界AI活用制作市場、2029年に約77億4,000万米ドルの見込み

アニメ産業全体の市場は拡大傾向にあり、その中でAI活用コンテンツ制作分野は今後特に高い成長が見込まれています。調査によれば、世界のアニメ市場規模は2023年時点で約4,129億米ドルに達し、年平均成長率(CAGR)10.17%で拡大して2030年には約8,136億米ドル規模に達する見通しです。
一方で、AIなど先端技術を活用したコンテンツ制作ソリューションの世界市場は今後飛躍的な伸びが予想されています。こちらは世界のAI活用コンテンツ制作市場規模の推移を現したグラフです。これを見ると、2029年に約77億4,000万米ドルと試算されています。これは2020年代後半に年率20%を超える成長を遂げる計算で、コンテンツ制作工程へのAI導入ニーズが急速に高まっていくことを示唆しています。
実際、アニメーション分野に限っても、AIアニメーションツールの世界市場規模は2033年まで年率14.59%のペースで成長し、約13億1,083万米ドルに達すると予測されています。創作の効率化・自動化を図るAI技術は、今や映像・メディア産業における重要トレンドであり、アニメ制作もその例外ではありません。業界では既に大手各社がAI研究開発に乗り出し始めており、スタートアップへの投資も加速しています。Creator’s Xのようにアニメ制作とAIを融合する企業には、市場拡大の追い風を受けて今後ビジネスチャンスが広がる可能性が高いでしょう。
会社概要
- 社 名: 株式会社Creator’s X(Creator’s X Inc.)
- 所在地: 東京本社:東京都品川区東品川2-6-4 G1ビル2階 (Creation Camp TENNOZ 内)
- 設 立: 2024年2月1日
- 代表者: 代表取締役 Co-CEO 藤原 俊輔、湯浅 義朗
- 公式HP: https://creatorsx.jp/
- 事業内容: AI・テクノロジーを活用したアニメーション制作、アニメ背景美術制作、ゲーム向けCG制作
まとめ
本記事では、株式会社Creator’s XによるAIアニメ制作の取り組みを紹介しました。従来のアニメ制作の負担を軽減しつつ、クリエイターが創造に集中できる環境を整える同社の挑戦は、業界に新たな可能性を示しています。1.1億円の資金調達やスタジオとの連携を通じて、背景美術AI「HAIKEI X」などの成果がすでに実用化され、2025年度中にはAIで1話分を制作する体制も視野に入っています。
今後はゲームや他メディアへの応用展開も期待され、AIとクリエイティブの融合が生み出す新たなビジネス価値に注目が集まります。クリエイティブ産業におけるAI活用の最前線として、Creator’s Xの今後の動向に引き続き注目していきたいところです。
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