
現代の医療現場では、超高齢社会の進展に伴い、心不全や血栓症といった循環器疾患の早期発見と管理が喫緊の課題となっています。従来の精密な血液検査は、大型の装置を備えた中央検査室で行う必要があり、結果が出るまでに数時間を要することも珍しくありません。この時間差は、一刻を争う救急現場や、身近なクリニック、さらには在宅医療において、迅速な意思決定を妨げる大きな壁となっていました。
株式会社イムノセンスは、こうした医療の空白を埋めるべく、大阪大学で開発された独自の免疫測定法「GLEIA(グライア)」を基盤として設立されたスタートアップです。同社は、大型装置に匹敵する「高精度」と、どこへでも持ち運べる「簡便性」を両立させた小型迅速診断機器を展開し、医療の質を飛躍的に向上させようとしています。
本記事では、株式会社イムノセンスの事業内容や資金調達動向、市場の規模等について詳しく紹介します。
事業内容:独自の免疫測定法「GLEIA」の社会実装

革新的技術「GLEIA」のメカニズム
株式会社イムノセンスの技術的中核である「GLEIA(Gold Linked Electrochemical Immuno Assay:電気化学免疫測定法)」は、国立大学法人大阪大学産業科学研究所の民谷栄一特任教授の研究成果を基に開発されました。 従来の簡易検査(イムノクロマト法)が主に色の変化を目視や光学的に読み取るのに対し、GLEIAは「金ナノ粒子」を標識に用い、その金原子量を「電気化学的」に定量します。

この手法の最大の利点は、光学的ノイズの影響を排除できる点にあります。検体となる血液や唾液が濁っていたり色が付いていたりしても、電気的な信号として直接数値を読み取るため、極めて高い再現性と感度を実現できます。 これにより、従来は大型の据え置き型装置でしか測定できなかった微量なバイオマーカーを、手のひらサイズのデバイスで正確に測定することが可能になりました。
迅速診断機器「GLEIAチェックリーダー」の展開
同社が提供する「GLEIAチェックリーダー」は、POCT(臨床現場即時検査)の概念を具現化したポータブル測定器です。 本体重量は約200gと非常に軽量で、リチウム電池駆動により、電源の確保が難しい災害現場や往診先でも問題なく使用できます。
利用者は、専用の使い捨てセンサ(GLEIAスティック)に少量の検体を滴下し、本体に挿入するだけで、約10分以内に測定結果を得ることができます。 医療用モデルは、診察室での即時診断を支援し、家庭用モデルはスマートフォンとBluetooth接続することで、個人の健康データをアプリで管理できる仕組みを備えています。
測定の精度は医療グレードでありながら、操作は家庭用体温計のように簡単であるため、医療従事者から一般消費者まで幅広いユーザーに適しています

心血管疾患および感染症領域への注力
イムノセンスは、GLEIA技術の最初のターゲットとして、緊急性が高く市場ニーズも大きい心血管疾患および感染症領域を選定しています。 特に、心不全のバイオマーカーである「NT-proBNP」や、血栓症の診断に不可欠な「D-dimer」の測定において、同社のデバイスは大きな強みを発揮します。
2025年2月には、クラスII体外診断用医薬品として「D-dimer」や「NT-proBNP」の製造販売認証を取得・更新しており、上市に向けた準備が最終段階にあります。 これまで病院に検体を送って翌日以降に判明していた心不全の兆候が、その場でわずか10分で可視化されることで、治療の遅れを防ぎ、重症化を予防する社会的意義は極めて大きいと言えます。 また、炎症反応を示す「CRP」の測定にも対応しており、感染症の重症度判定にも活用されています。
これらの他にも、イムノセンスは「未病」や「予防」の観点からヘルスケア領域へも事業を拡大しています。 その一例が、唾液中の「sIgA(分泌型免疫グロブリンA)」を測定することによる、免疫状態やストレスの可視化に取り組んでいます。また、人間向けの医療で培った高感度・小型化技術は、アニマルヘルス市場においても非常に有用です。 イムノセンスは住友ファーマアニマルヘルスと提携し、動物用の迅速検査デバイスの開発と展開を行っています。
資金調達:2025年に資金調達を実施
株式会社イムノセンスは2025年、出資及び融資による資金調達を実施しました。なお、関西みらい銀行の「関西みらいベンチャーデット」からの資金借入は、同デットプログラムの実施第1号となりました。
【出資先】
- Shimadzu Future Innovation投資事業有限責任組合(グローバル・ブレイン株式会社)
- 中信ベンチャー・投資ファンド8号投資事業有限責任組合(中信ベンチャーキャピタル株式会社)
- 紀陽成長支援2号投資事業有限責任組合(紀陽キャピタルマネジメント株式会社)
- 関西みらいサクセスサポート投資事業有限責任組合(ミライドア株式会社)
- SMBCベンチャーキャピタル8号投資事業有限責任組合(SMBCベンチャーキャピタル株式会社)
【融資先】
- 株式会社関西みらい銀行(堺筋営業部)
- 株式会社三井住友銀行
この調達は、同社が掲げる「いつでも・だれでも・どこでも医療グレードの迅速検査」というビジョンの実現に向けた、社会実装フェーズをさらに加速させるためのものです。
投資家はイムノセンスが持つ独自の免疫測定法「GLEIA」のプラットフォームとしての汎用性を高く評価しています。今回の資金は、医療現場のみならず、ヘルスケア、アニマルヘルスなど、多岐にわたる事業分野への応用展開と、グローバルな事業成長を支える組織体制の強化に充てられます。
市場規模:POCT市場のグローバル成長と国内の可能性
世界のPOCT市場の動向

株式会社イムノセンスがターゲットとする世界のポイントオブケア診断(POCT)市場は、急速な拡大を続けています。最新の調査データによると、世界のPOCT市場規模は2025年に約587億6,000万米ドルと推定されています。
さらに、2030年には約929億2,000万米ドルに達すると予測されており、2025年から2030年までの年間平均成長率は9.63%という極めて高い水準を維持する見通しです。 この背景には、医療の分散化、小型化技術の進歩、そして慢性疾患を抱える患者自身が状態を管理するニーズの高まりがあります。 特にアジア太平洋地域は最も急速な成長が見込まれており、CAGRは10.67%に達すると予測されています。
日本国内の市場動向と将来予測
日本国内においても、POCT市場は堅調な推移を見せています。2030年の国内POC検査薬市場は約1,643億円に達すると予測されています。 日本固有の要因として、高齢化に伴う「心不全パンデミック」への危機感があり、BNPやNT-proBNPといった心臓バイオマーカーの検査需要が拡大しています。

心不全に関連する血液検査の国内市場は、2030年に2023年比で12.8%増の167億円規模になると見られています。 イムノセンスが強みを持つ循環器系POCTデバイスは、従来の大型装置が担っていた検査を代替するだけでなく、これまで「検査が行き届かなかった場所」に新たな市場を創出するポテンシャルを秘めています。 また、在宅医療環境での市場成長率は病院・クリニック向けを上回っており、同社のポータブル性は日本特有の地域包括ケアシステムと極めて相性が良いと言えます。
会社概要
- 会社名:株式会社イムノセンス
- 所在地:大阪府吹田市岸部新町6番1号 国立循環器病研究センター オープンイノベーションラボ 30602
- 設立年月日:2018年1月25日
- 代表者名:杉原 宏和
- 公式HP URL:https://immunosens.com/
まとめ
株式会社イムノセンスは、独自の電気化学免疫測定法「GLEIA」を武器に、従来の診断機器の常識を覆そうとしているスタートアップです。阪大発の高度な学術的背景を持ちながら、既に多くの大手企業と提携し、医療、ヘルスケア、アニマルヘルス、自治体プロジェクトといった多方面での社会実装を着実に進めています。
「いつでも・だれでも・どこでも医療グレードの迅速検査」という同社のビジョンは、日本の地域包括ケアシステムの強化や、世界的なヘルスケアのデジタル化の流れに完璧に合致しています。検査が「病院に行くまでわからないもの」から「その場で数値化できるもの」に変わることで、私たちの健康管理は劇的な変化を遂げるでしょう。
同社の今後の成長は、単なる一企業の成功にとどまらず、次世代の医療インフラを構築する試みとして、投資家や新規事業担当者にとって目が離せない存在です。技術力と社会実装力の両輪を備えたイムノセンスの挑戦は、これからも加速し続けます。
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