新しい治療薬の登場は、病気に苦しむ人々にとって大きな希望となります。たとえば、世界中の人々が新型コロナウイルスに苦しむ中、ファイザーやモデルナが開発したワクチンのニュースは、多くの人々に勇気を与えました。
しかし、海外で承認された新薬が国内で使用できるようになるには、長い時間がかかることがあります。この時間差を「ドラッグラグ」と呼び、特に日本は臨床試験(治験)に多くの時間を要するため、先進国の中でも深刻な問題だと指摘されているそう。
そこでドラッグラグに対抗し、患者に迅速に新薬を届けるために誕生したのが、アメリカ発のスタートアップ「Paradigm Health, Inc.(パラダイムヘルス)」です。同社はすでに2億ドル超の資金調達を達成しており、2024年8月26日には富士通との戦略的パートナーシップを結んだことを発表しました。
日本のドラッグラグを解決すると期待される「Paradigm Health, Inc.(以下、Paradigm Health)」について、この記事では紹介していきます。
事業内容:患者と製薬企業をつなぐプラットフォームを提供
Paradigm Healthはベンチャーから大手までアメリカの製薬企業16社、400の臨床研究施設と提携する、臨床試験のコンサルティング会社です。同社は患者と製薬会社をつなぐプラットフォームを提供しており、臨床試験における円滑なマッチングを実現しています。
従来の臨床試験では、開発した新薬が臨床段階に移ってから、製薬会社は治験計画を練り、患者を探していました。しかし、これでは新薬の臨床試験に最適な患者を見つけるのに多大な時間を要してしまいます。
また患者からしても、臨床試験に関する情報を見つけにくいため、「そもそも臨床試験を実施していることを知らない」「自分に最適な臨床試験がわからない」といった事態に陥っていたそう。
そこで一連のデータを統合管理し、患者に少しでも臨床試験の場を提供しようと生み出されたのが、Paradigm Healthのプラットフォーム事業です。実際に同社が提携する「Highlands Oncology」というアメリカの医療機関では、臨床試験に申し込む患者が以前より45%も増えました。
臨床試験のハードルを下げるべくOpenAIとも業務提携
Paradigm HealthはOpenAIと業務提携を締結しており、患者の医療記録を簡単にスクリーニングできる機能を搭載しています。
臨床試験に患者をアサインする際のボトルネックの1つが、膨大な患者の医療記録。この影響で臨床試験を運営する専門家は、患者を1人1人精査する時間を取れないうえ、実施される臨床試験の詳細も理解する必要があるため、患者のマッチングを認定する時間をほとんど取れないそうです。
そのため、アメリカのほとんどの臨床試験において、その実施場所付近の患者だけがアサインされており、非効率かつ不利なマッチングになっていました。
しかし、OpenAIを活用することで患者の情報を簡単に確認・評価できるため、より円滑なマッチングを実現できるのだそうです。
日本への進出:ドラッグラグ解消に向け富士通と業務提携
Paradigm Healthは2024年8月26日に、富士通と戦略的パートナーシップを結んだことを発表しました。今回の業務提携の目的は、富士通が運営する医療データの利活用基盤「Healthy Living Platform」との連携などを通じて、新薬開発の課題解消を目指すことだそう。
具体的には、まず富士通のHealthy Living Platform上で、医療機関の電子カルテシステムに蓄積された診療データを、国際的な医療情報の標準規格である「HL7 FHIR」に変換します。次に、変換した医療データをParadigm Healthが治験プラットフォーム上にて分析し、治験の計画や実施に必要な情報を海外の製薬企業に提供するそう。
製薬企業側からすると、プラットフォーム上にてリアルタイムに近い形で、治験に参加可能な医療機関・患者のデータを踏まえて治験の計画を立てることができるため、治験の計画策定が効率化されます。日本が参加する*国際共同治験が増えれば、日本と欧米でのドラッグロスなどの問題の解消にもつながるでしょう。
*国際共同治験:新薬の世界規模での開発・承認を目指して企画される治験のこと。各国が同時並行で臨床試験を行うため、自国での新薬開発が早くなります。 |
実際にParadigm HealthのKent Thoelke(ケント・トールケ)CEOは、単に新薬開発が加速するだけではなく、患者への治療の選択肢を広げることにもつながると語っています。
資金調達:シリーズAにて2億300万ドルを獲得
Paradigm Healthは、2023年1月27日にシリーズAラウンドにて、ARCH Venture Partners・General Catalyst主導で2億300万ドルを資金調達しました。
他にもF-Prime CapitalやGV、LUX Capital、Mubadala Capital、Magnetic Venturesといったファンドや、米国癌協会のBrightEdgeといった戦略的投資家も参加したそうです。
また今回の資金調達時に、がん患者の臨床試験マッチングを支援するDeep Lens社の買収も発表しました。
日本の状況:深刻なドラッグラグ・ドラッグロス
先述した通り、日本は深刻なドラッグラグに苛まれています。
加えて、各新薬の承認に時間がかかるにも関わらず、開発未着手の新薬が多く存在しており、このままでは「開発すら行われずに失われてしまう薬『ドラッグロス』の問題も生じるのでは」と懸念されています。実際、厚生労働省の資料によると、日本では2023年3月時点で未承認の薬品が143品目あり、そのうち86品目の開発がまだ始まっていない状況です。
もちろん世界各国でドラッグラグへの対策として、世界規模での臨床試験「国際共同治験」の動きが最近増えてきました。
しかし、日本では特徴的な薬価政策や医療現場の状況が相まって、国際共同治験の対象から除外されることが多く、新薬の普及を遅くする要因の1つとなっています。実際に、医薬産業政策研究所の調査によると、2000〜2021年までの日本の国際共同治験の実施数は世界で23位の2110回と振るっていません。
Paradigm Healthのように、ドラッグラグに取り組む企業や団体が増え、問題が解決されることに期待です。
企業概要
- 企業名:Paradigm Health, Inc.
- 代表者:CEO Kent Thoelke
- 設立:2021年
- 所在地: Greater New York Area, East Coast, Northeastern US
- 公式HP:https://www.paradigm.inc/
まとめ
本記事では、患者と製薬会社をつなぐプラットフォームを提供するParadigm Health, Inc.について紹介しました。
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