近年地球温暖化の進行を防ぐために、大気中の二酸化炭素(CO₂)を直接吸収する技術が注目されています。今回紹介するHeirloom Carbonは、DAC(Direct Air Capture)という技術を活用して、CO₂除去を実現しているアメリカのスタートアップです。
本記事では、同社の事業内容やDACの技術、創業の経緯、資金調達などを紹介していきます。
事業内容
炭素鉱化プロセスで、大気中の二酸化炭素(CO₂)を直接吸収
Heirloom Carbonの事業内容は、大気中の二酸化炭素(CO₂)を直接吸収することです。具体的には、石灰岩を活用した炭素鉱化プロセスを用いて、二酸化炭素を除去しています。
同社は、この技術を*DAC(Direct Air Capture)施設に組み込みました。カリフォルニア州セントラルバレーに設立したアメリカ初の商業DAC施設は、100%再生可能エネルギーで運営され、CO₂除去を実現しています。
現在、ルイジアナ州北西部に新たな施設を建設中であり、年間約32万トンのCO₂を除去する計画です。
*DACとは : Direct Air Capture、大気中の二酸化炭素を吸収材や化学反応等を用いて直接回収する技術。回収した二酸化炭素は地中に貯蔵したり、他の原料として活用される。
具体的な技術内容
Heirloom Carbonの二酸化炭素の吸収するプロセスは大きく4つあります。
- 採掘と加工: 石灰岩を粉砕し、原料を準備。
- 加熱プロセス: 特殊な窯で石灰岩を加熱し、酸化カルシウム(CaO)とCO₂に分解します。
- 再結合: CaOに水を加え、水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)を生成。
- CO₂吸着: Ca(OH)₂を大気にさらし、再び石灰岩としてCO₂を吸収します。
このプロセスを繰り返すことで、大気中のCO₂を効率的に回収。回収されたCO₂は地下に貯蔵されたり、他の産業で活用されることもあります。
資金調達:マイクロソフトからも資金調達
Heirloom Carbonは、設立以来、大規模な資金調達を行ってきました。以下がその主な実績です。注目すべきは、Microsoftからも出資を受けており、この企業の注目度の高さが伺えます。
- シリーズA(2022年3月):5300万ドルを調達。
- 投資家:Carbon Direct Capital Management、Ahren Innovation Capital、Breakthrough Energy Ventures、Microsoft Climate Innovation Fund など。
- この資金は、初のDAC施設設立および技術研究開発に活用。
- シリーズB(2024年12月):1億5000万ドルを調達。
- 投資家:Future Positive、Lowercarbon Capital、日本航空、三菱商事、三井物産など。
- 主に、グローバル市場での技術展開とスケールアップに使用。
これらの資金調達により、Heirloom CarbonはCO2除去技術のコストをさらに低下させ、2035年までに年間10億トンのCO2除去を目指しています。
創業の経緯
インドの故郷から見た気候変動の現実
Heirloom Carbonの創業者シャシャンク・サマラ氏は、インド南東部で育ち、気候変動が地域社会に与える厳しい影響を目の当たりにしました。頻繁に発生するサイクロン、干ばつ、さらには100年に一度と言われる大洪水など、これらの災害は地域住民の生活を根底から揺るがしていました。この気候変動に伴う身近な経験が、サマラ氏の環境問題への関心を育んだといいます。
エンジニアとしてのキャリアからの転換
サマラ氏は10代でアメリカに移住。優れた教育環境とキャリア機会に恵まれ、モバイル決済企業Squareで働いた経験を持ちます。その後、ハードウェア開発の課題に取り組むために「Tempo」という会社を設立。Tempoは、NASAの火星探査機を含む多くのハイテクプロジェクトを支える技術を提供しました。
しかし、キャリアが進む中で「ガジェット作り」に終始している現状に疑問を抱くようになります。「世界中の何十億もの人々が気候変動の影響を受けているのに、自分はその解決に寄与していない」と感じた彼は、気候変動への取り組みを決意。
Heirloom Carbonが誕生
転機は、Carbon180の創設者ノア・ダイチ氏との出会いでした。ノア氏からカーボンリムーバルの重要性を学び、サマラ氏は2018年のIPCC報告書を読んでCO₂除去が「必要不可欠」であると確信します。
「私たちは、20〜30年以内に年間5〜10億トンのCO₂を除去する必要があります。これは石油産業の規模を超える、新しい産業を築かなければならない課題です」と語ります。
サマラ氏は、鉱物化プロセスに注目。岩石を利用して大気中のCO₂を吸収するこの方法は、地球上で最も大きな炭素吸収源として知られていますが、そのプロセスは非常に遅いという課題がありました。これを産業規模で活用するため、速度を加速させる技術の研究に没頭しました。
サマラ氏は、鉱物学の専門家ピーター・ケレマン氏の協力を得て、鉱物化技術を産業規模で実現する基盤を築きました。
Heirloom Carbonは現在、自然のプロセスを数日単位に短縮する技術を開発し、大規模なCO₂除去を目指しています。サマラ氏は「持続可能な未来を築くためには、大気中のCO₂を除去する産業を急速に構築する必要があります。これを実現するためにHeirloomを創業しました」と語ります。
主な会社沿革
- 2020年: Heirloom Carbon設立。
- 2022年3月: シリーズAラウンドで5,300万ドルを調達。
- 2023年11月: カリフォルニア州トレーシーにて、米国初の商業用DACプラントを開設。
- 2024年12月: シリーズBラウンドで1億5,000万ドルを調達。
会社概要
- 設立年: 2020年
- 創業者:Shashank Samala
- 本社所在地: カリフォルニア州ブリスベン
- 事業内容: 石灰石を利用した直接空気回収(DAC)技術の開発と商業化
まとめ
今回は、DAC(Direct Air Capture)という技術を活用して、CO₂除去を実現しているアメリカのスタートアップの、Heirloom Carbonについて紹介しました。
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